ネグレクトされた子供たちから教えられたこと
今日もネグレクトされた子供たちの遊び相手をするボランティアに行ってきた。
いつも思うのだが,彼らには加減という概念はないのだろうか。
パンチや蹴りをはじめとし,あらゆる手段でコンタクトをお見舞いしてくる。
気を抜いているとみぞおちに拳がヒットし,地味に悶絶することもある。
爪で引っかかれた腕はミミズ腫れし,服の襟は引っ張られてだらしなく垂れてしまう始末だ。
でも,ウチの子供たちが特別かと言えばそうでもないと思う。
僕には子供はいないが,甥と姪を見ていても同じようなものだからだ。
ただ,行動は同じであっても動機は異なるのかもしれない。
一般の家庭に比べ,ウチの子供たちは構って欲しいという欲求が強いのだろうか,コンタクト以外にも,大人の注意を惹くような言動をすることが少なくない。大人の興味を惹くような話を作ってしまう,いわゆる虚言癖がある。
子供の家庭事情を知っている大人には嘘とすぐにばれてしまう話であっても,それを知ってか知らずかウチの子供たちは必死で話を作る。
そう思うと,彼らの心の傷は僕が想像する以上に深いのかもしれない。
今はまだ十分に彼らの苦しみを分かってあげられない。
そしてどう癒してあげたら良いものかもわからない。
いや教科書的な答えは持っていても,どうすれば,それを彼らの心に届けられるかがわからない。
答えはこれから僕が体当たりで作り上げていくしかない。
子供たちの試練に比べたら,僕の試練なんかたいしたことない。
比べること自体,彼らに失礼なくらいであろう。
僕がこれから対峙しようとしている『心の世界』とは,それほど奥深く人の人生を左右するほどの壮大なテーマなのだと思う。
そう気付かせてくれたウチの子供たちに感謝の他ない。